カサカサ日記

寝ながら書いてる

名前のこと

 

最近、フォローされて放置してた裏アカ女子みたいな詐欺業者っぽいアカウントやフォローしたけどツイート怖いなぁって思うアカウントのフォロー整理をしてTwitterでのストレスを減らすことに成功しました、えらい。えらい私は現在Twitterでささきと名乗っています、これを読んでいる人も基本ささきと呼んでくれているでしょう。

人を呼ぶ時に苗字か名前、どちらで呼ぶことが多いでしょうか。相手との関係性や立場によって様々ですが、苗字と名前のインパクトが強い方で呼ぶ人が多いんじゃないかなと思う。あだ名を付けたりして苗字も名前も関係なく相手を呼ぶ人もいるしハンドルネームで呼び合う人もいるでしょう。私という人間は名前で呼ぶこと 呼ばれることに対して人より深い意味を持っているタイプの人間だと感じることがあったので、それに関連して記憶を垂れ流します。過去一の長文ブログになる気がするけどよろしくお願いします。

 

 

1.呼ぶ違和感

小学校 中学校の頃 異性同性問わず人を名前で呼ぶことが苦手だった。特に小学生4年?で1/2成人式の行事で自分の名前につけられた意味を発表する会からか、その人が産まれた時から親に呼ばれている、なんなら産まれる前から呼んでいる名前を同じクラスになっただけの人達が呼び合うのに違和感があった。初めてクラスで一緒になる人や、中学に上がってからの人が主にその対象だった。

私は苗字のインパクトが強い方なので苗字をもじったりしたあだ名で呼ばれる事が多かったけれど、幼稚園 小学校低学年からの付き合いの友達は名前で呼ぶ人もいた。その頃は流石にそんな事に違和感を抱かなかったのでそこからの付き合いの人には呼ばれる事も呼ぶ事も変な気持ちにはならなかった。

 

2.呼ばれる違和感

何人かの友達があだ名で呼び始めると新しく関わり始めるクラスメイトもそれに合わせるので普段あだ名か苗字でしか呼ばれない日々が続き、両親には基本的に名前の上半分で呼ばれるので人より自分の名前をフルで聞く機会が少ない子ども時代だったと思う。なので自分を名前で呼んでくれる友達と話すと逆に気恥しさがあり少し避けていた気がする、今考えるともっと大切にするべき友達だったな思う。

そういった理由で私を苗字ではなく名前で呼んでくる先生も苦手だった。学校の先生は友達ではないし自分と近しい人間でもないし、先生と生徒である以上ある程度の距離感を感じないと接しにくかった。てか普段は苗字で呼ぶ先生が三者面談の場だと名前で呼んで来るのマジで気持ち悪くなかった?親も同じ苗字だから名前で呼ぶしかないのは当たり前なんだけど急に距離詰めて来た感があって気持ち悪かった、そんなつもりは全くないのもわかってるけど。

 

3.違和感の減少

そんな私でしたが中学3年からのクラスメイトは名前を呼ぶ友達が何人か出来た。恐らくSNSを始めた事が主な理由だろう。中学2年の夏頃にiPod touchを買ってもらいインターネット環境が家に敷かれたので流行りのLINEやTwitterを始めた。当時はハンドルネームという概念も知らなかったので本名フルネームでアカウントを動かしていた。同じ中学の顔と名前は知ってるけど学校ではあまり話すことがないような人ともSNSでを通じて関わる機会が増え、SNS上では登録されてる名前で呼ぶことに違和感を感じなかったので苗字でも名前でもあだ名でもハンネでも登録されている名前で呼んでいた。

3年に上がってSNSで関わった人が数人同じクラスになり学校で話すことが多くなった。その人を学校で呼ぶ時にわざわざ普段SNSでは呼ばない苗字呼びするのも変だったので名前で登録している人は名前で呼んでいて、それには特に違和感を感じなかった。高校に行ってもSNSメインで話す人がほとんどだったので呼ぶことへの違和感はなくなっていた。

 

4.違和感の増加

SNS関連で関わるようになった人もやはり苗字にインパクトがあるようで苗字呼びが基本だったため名前で呼ばれることの違和感に変わりは無かった。

SNSにも慣れてインターネットの徘徊も始めた。LINEはともかくTwitterで本名は良くないと知りハンドルネームを使うことにした。しっくりくるものが無くてコロコロ変えていて「さなぎ」が自分の中でしっくり来たので中3の冬ぐらいからインターネットではどこでもさなぎを名乗り始めた、化け物の誕生である。それまでのハンネは覚えている物だと ナッツイーター 神凪 AURORA 黄衣 くわがた etc…厨二病全開って感じ。

元々ゲームのツイートばかりしていたのでアカウントを分けることなく学校の友達がいるアカウントでインターネット活動し始めた(あたまおかしい)。これにより悪ふざけで学校でさなぎ呼びする友達もいた。

高校に上がってもしばらくはそのアカウントを使っていたので本名覚えてないけどさなぎなら知ってるって人もいた、と言うかほとんどそれだった気がする。Twitterでばかり話す学校の人には本名が佐伯 凪だからさなぎなんだよって教えたら信じてる人もいた。それぐらいさなぎが浸透しまった事によってメインの人格がさなぎになってしまった。ここまで来ると名前で呼ばれることに違和感どころか抵抗すらあった、○○○○○(名前)って誰やねんって感じ。

高校で新しく出来た友達で1人だけ名前呼びしてくれる人がいた。色々あってその子には自分から名前で呼んで欲しいと伝えた気がする。名前を呼ばれる違和感も抵抗もその子には殺されてさなぎじゃない私になった時に生まれたのは、これまでの疲れやこれからの不安も感じさせない虚無に包まれて幼児退行して欲に正直な私だった。高3の冬にその関係が終わってしまって以降だれからも名前で呼ばれることが怖くなった。

この後さなぎの存在も一緒に終わらせようとしてはぴもすやらめるるに改名してた時期もあったけど馴染まなくて、現実で死ねなかったのもあって結局さなぎは生き続けた。

 

5.住み分け

高校卒業後、専門学校へ行くことになった私は中学から高校へ上がる時の反省を活かしてさなぎと専門学校のアカウントを完全に分けることにした、と言っても専門の友達はほとんどインスタしかやっていなかったのでTwitterを交換したのはほんの数人だった。初めはひらがな苗字で動かしていたが就活もあるし専門関係の趣味でインターネットするようになったたので本名は辞めた。佐々木祈りの誕生である。現在のメインアカウントがこれ。

これが功を奏したのか専門学校では一切ハンドルネームで呼ばれることはなくインターネットの自分と現実の自分を住み分けることに成功した。元々の病み体質が治った訳では無いので住み分けの成功によって人生がめちゃくちゃ良くなった訳ではないけれど大きな成長だと思った。どっちみち苗字が強いことに変わりはないので名前で呼ばれることはほとんど無かったが現実で自分を見失う事はなかった。

 

6.現状

専門卒業後、労働で虚無な3年間を過ごしてきたけれど今年の春に私の事を大切に思ってくれる人が友達になってくれた。まだ少し怖かったけれど名前で呼んで欲しいと伝えて、それを了承してくれた。その人は学生の頃は顔と名前を知ってるぐらいであまり関わりが無くてTwitterやインスタで多趣味に活動してるの見てて憧れるなぁと思うぐらいの人だったけど、スペースで話しているうちに感情が大きくなった。最近はあまり話せていなくて悲しいけれど、またいっぱい名前呼んでくれるようになると嬉しいな。

と言うのも今関わっている人で私のことを声に出して名前で呼んでくれる人がその人しかいないからそこに依存してしまってる気持ちもあって、やばいなぁと思う現状。労働で下の名前呼んでくれる人なんている訳ないし、高校からの友達は未ださなぎ呼びだし、鍵のフォロワーで呼んでくれる人はいるけど文字でしかないし、人と出会う努力をしろって話なんだけどそんな気力が無いことも悪い現状。

 

以上、また結局なにが言いたいかよく分からない駄文を生み出してしまった。何言ってんのって感じだけど何言ってんのって言われると傷つくから辞めてね。

 

 

おやすみなさい